Author:
Sebastien Thomassin
Vice President & General Manager, Clinical Services EMEA,
Thermo Fisher Scientific
Category | Clinical Trial Services
臨床開発を取り巻く環境は大きく変化しています。
治験を実施する国や地域は広がり、対象となるモダリティも複雑化しています。さらに、被験者登録の進捗や治験実施計画書の変更に応じて、治験薬供給計画を柔軟に見直す必要性も高まっています。
一方で、治験薬や関連資材、情報を各国・各施設へ届ける仕組みは、これまで「治験を支えるオペレーション」の一部として捉えられることが少なくありませんでした。
しかし、その認識は変わりつつあります。
治験ロジスティクスは今や、臨床開発を計画通りに進め、品質を維持し、不確実な状況に柔軟に対応するための重要な機能です。
ロジスティクスを単なる「輸送」ではなく、治験全体を支える戦略的な機能として捉えることが、臨床開発のスピードと予測可能性を高めるうえで重要になっています。
現在の臨床試験では、複数のデポ、各国・地域の規制要件、温度管理が必要な輸送、国ごとに異なる輸出入やラベリング要件など、多くの要素を同時に管理する必要があります。
例えば、通関時に想定外の追加書類を求められたり、特定の国だけで必要となるラベル要件への対応が発生したりすることがあります。一つひとつは小さな問題に見えても、その影響が複数の治験実施医療機関へ波及し、治験薬の供給遅延につながる可能性があります。
さらに、開発スケジュールが短縮され、投資家や規制当局からの注目も高まる中、こうした遅延を吸収できる余裕は小さくなっています。
だからこそ、治験開始前からロジスティクス上のリスクを把握し、変化にも対応できる供給体制を構築することが重要です。
臨床開発の遅延は、必ずしも科学的な課題だけから生じるわけではありません。
臨床開発、製造、治験薬供給などの各チームが別々のシステムを使用し、業務が順番に受け渡されるようなプロセスでは、被験者登録数や治験実施計画書に変更が生じるたびに、情報確認や計画変更、再作業が発生しやすくなります。
こうした課題に対応するため、部門横断での計画策定や、共通のデータ環境を活用する企業が増えています。
治験の進捗や在庫、供給状況を関係者が共有できれば、被験者登録の変化や治験実施計画書の変更に対しても、治験薬供給への影響を早期に把握し、より迅速に対応できます。
また、役割と責任が明確になることで、意思決定のスピード向上にもつながります。
つまり、臨床試験における「速さ」とは、単に作業を急ぐことではありません。
必要な情報を正確に把握し、適切なタイミングで判断できる体制を構築することが、結果として開発スピードを高めるのです。
治験サプライチェーンを安定して管理するうえで、状況の「可視化」はますます重要になっています。
デジタルツールを統合することで、温度逸脱、通関上のボトルネック、特定地域での出荷量増加など、サプライチェーン上のリスクにつながる兆候を早期に把握できるようになります。
例えば、Track and Trace(追跡・トレーサビリティ)を活用すれば、治験薬輸送の現在位置や温度を把握し、重要な低温輸送品についても輸送状況をより詳細に確認できます。
さらに、自動化によって手作業を減らすことも、業務のばらつきやヒューマンエラーを抑えるうえで重要です。
注文受付からラベリング、包装、出荷まで、さまざまな工程でデジタル化と自動化が進むことで、治験薬供給は「問題が起きてから対応する」機能から、「問題の兆候を捉え、事前に対応する」機能へと変化しつつあります。
かつてこうしたデジタル技術は、業務を高度化するための付加的な機能と考えられていました。
現在では、グローバルな臨床試験を大規模かつ安定して運営するための基盤となりつつあります。
医薬品開発がグローバルに進められる現在、治験薬供給も国や地域をまたぐことを前提に設計する必要があります。
一方、各国では規制、輸出入、通関、ラベリング、保管・輸送条件などの要件が異なります。
特に、バイオ医薬品や細胞・遺伝子治療など、厳格な温度管理が必要な治験薬では、サプライチェーン全体を通じて適切な条件を維持することが不可欠です。
そのため、グローバルで標準化されたプロセスや整合性の取れた品質システムを構築すると同時に、各地域で必要な専門知識や代替ルートを確保しておくことが重要になります。
こうした体制があれば、新しい国・地域へ治験を拡大する場合や、外部環境の変化によって従来の供給ルートが利用できなくなった場合にも、影響を抑えながら治験を継続しやすくなります。
グローバルでの一貫性と、各地域における柔軟な対応力。
その両方を備えることが、複雑な治験ポートフォリオを安定して管理するための重要な条件です。
治験ロジスティクスの役割は、もはや治験薬を目的地まで輸送することだけではありません。
複雑化する臨床試験に対応しながら品質を維持し、予期しない変化にも迅速に対応できるサプライチェーンを設計することが求められています。
そのためには、治験薬の供給予測、在庫管理、輸送、保管、コールドチェーン、デジタルによる可視化などを個別に考えるのではなく、一つの治験サプライチェーンとして統合的に捉えることが重要です。
治験ロジスティクスを戦略的な機能として位置付けることで、臨床開発の予測可能性を高め、より安定した治験運営につなげることができます。