バイオテック業界がかつてない可能性と継続的なプレッシャーの両方に直面する中、BIO 2025 のブレイクアウトセッションでは、経験豊富なリーダーたちが集い、業界がどのように進化しているのか、そして次に何が訪れるのかについて議論が行われました。
モデレーターは、Thermo Fisher ScientificのLarge Molecule部門 副社長 兼 ゼネラルマネージャーである Ben Castro 氏。登壇者には以下のリーダーが参加しました
Parika Petaipimol 氏(Upstream Bio、テクニカルオペレーション担当 副社長)
Brian Tham 氏(Peregrine Bio, LLC、プリンシパルコンサルタント)
Stephen Grant 氏(Industry Executive/Fractional COO、エンジェル投資家)
登壇者たちは、業界を形づくるイノベーション、その背後にあるオペレーションの現実、そして「進歩」の概念そのものを再定義しつつあるカルチャー変革について、率直かつ実務的な視点から意見を共有しました。
Highlights from BIO International 2025 Thermo Fisher Scientific Panel Discussion
急速な技術革新が進む中でも、バイオテック業界における導入を左右するのは“新しさ”ではなく、“実用性”である——パネルはその点を強調しました。業界で広く受け入れられるイノベーションとは、プロセスを簡素化し、現場の負荷を減らし、オペレーションまたは患者価値を明確に提供するものです。
このテーマは、過去に成功したイノベーションの議論でも明確に示されました。理論的な革新性よりも、現場のペインポイントを確実に解消したことが成功要因だったからです。たとえばシングルユース技術の採用は、製造の常識を覆すためではなく、洗浄バリデーションやカラムパッキングといった、時間とリスクの伴う作業を排除することが真の目的でした。
Tham 氏は「誰かが“嫌な作業から解放する方法”を適正な価格で提供してくれるなら、人は必ず対価を払う」と述べ、シングルユース技術の成功理由を振り返るとともに、AI も同様に“実務的メリット”を確実に提供できれば急速に普及する可能性があると指摘しました。
ただしパネリストたちは、新技術が効率性や柔軟性を高めてきた一方で、コスト削減やスループットの劇的な改善にはまだ十分結びついていない現実も認めています。こうした状況は、科学的な複雑性だけでなく、経済性や運用スケールを含む、より総合的なイノベーション戦略の必要性を示していると述べました。
サステナビリティに関する議論にも、この“現実的な視点”は色濃く反映されました。企業による公的なコミットメントやESGレポーティングは一般化しつつあるものの、実際の導入は依然として目標に追いついていません。パネリストは、スピード、コスト、コンプライアンスといったより差し迫った要件が優先される中で、サステナビリティが後回しにされがちだと指摘しました。ただし、ゆるやかな変化の兆しも見え始めています。
Upstream Bioでは、サステナビリティを製品開発とパートナー選定の両面に組み込んでいます。
Petaipimol氏は「投与頻度を延長することで廃棄物を減らしています。また、パートナー企業がどのような取り組みをしているかも重視しています。持続可能性は、双方が共有すべき責任です」と述べています。
またパネリストたちは、炭素排出量、物流コスト、水・溶媒・材料の再利用など、サステナビリティを明確なオペレーションKPIとして追跡する企業が増えていると指摘しました。それでも、文化的・規制的な障壁は依然として大きいのが現状です。
Tham氏は「サステナビリティは“決定打”にはなるが、“推進力”にはなりにくい」と述べ、その現実を表現しました。
こうした“意図と実行のねじれ”は、バイオ製造の現場で特に顕著です。ステンレス設備とシングルユースシステムの選択には、環境負荷やオペレーション優先度に関する複雑なトレードオフが伴うためです。
(これらの選択が資源利用や運用上の優先事項にどのような影響を与えるかについては、当社のホワイトペーパー Sustainable systems: Evaluating the environmental impact of single-use biomanufacturing technology.) をご参照ください。)
AI もまた、「期待」と「実装」の狭間に位置する技術の代表格です。創薬初期や分子スクリーニングではAIの活用が加速している一方、製造や品質オペレーションでの実用化はまだ限定的にとどまっています。
課題の一部はカルチャーにあります。
研究者は自身が積み重ねてきたプロセスを手放すことに慎重であり、組織も意思決定をアルゴリズムに委ねることに躊躇があります。しかし、AIの潜在力は明らかであり、特にナレッジマネジメント領域では、現場に埋もれた専門知識や暗黙知を可視化・活用する大きな可能性があります。
Grant 氏は次のように述べています:
「ブラックボックスを信じきれない一方で、人材を育成する時間もない。まさに“その狭間”にいるのが今の状況だ。」
さらに、規制・倫理面の検討も避けて通れません。
バイアス、データ品質、AIによる判断の透明性など、重要な論点が数多く存在します。
パネリストたちは、次世代のバイオテック人材こそがAIの真価を引き出す鍵になると指摘しました。デジタルリテラシーと基礎科学の両方を兼ね備えた人材が増えることで、AI導入はより現実的なステージへ進む可能性があります。
現在の資金調達環境では、早期の「リスク明確化」の重要性がこれまで以上に高まっています。投資家はリスクの最小化を強く意識するようになり、ターゲットが検証済みで、開発経路が明確なアセットを優先する傾向が強まっています。
たとえ高い可能性を秘めていても、初期段階で“リスク低減戦略(de-risked strategy)”を明確に示せないプログラムは、支援を得るのが難しくなる可能性があります。
Tham 氏は次のように述べています:
「投資家を動かすのは“欲”と“恐れ”。そして今は、恐れが勝っている。」
パネルは、特に米国市場で顕著になっている慎重な投資姿勢へのシフトを指摘しました。安全性や実績のある適応症への関心が高まっている一方、欧州の投資家は新規の機会をより積極的に探索する傾向があるといいます。
いずれにせよ、スタートアップや新興バイオテックは依然として業界の牽引役であり、将来の資金調達につながる創造的な“at-risk”開発戦略(一定のリスクを許容した先行投資の手法)を用いながら、フィールドを前へ押し進めています。
こうした潮流を受け、企業は、早期バイオテックを支えるためのインフラと知見を提供しつつ、大手製薬企業の要求にも耐え得る“適応性の高い開発モデル”を求めるようになっています。
成功の鍵は、科学の進展と歩調を合わせてスケールし、柔軟に対応できるパートナーの有無にますます左右されています。求められるのは技術的な能力だけではなく、限られたリソースの中でもプログラムを前進させるための運用面および財務面での柔軟性です。
(特に初期段階のイノベーターにとっては、設備リースやテクノロジー更新プログラムといったファイナンスソリューションが、限られた予算を延命しながら、変化するニーズに即応するための有効な手段となります。)
最終的にパネルが一致して指摘したのは、バイオテックの未来を大きく左右するのは“技術そのもの”ではなく、世代交代かもしれないという点でした。
いま業界に参入しつつある新しい人材は、これまでとは異なる視点を持ち込んでいます。
すなわち、高度なデジタルリテラシー、明確な価値観、そして階層や従来型キャリアパスに依存しない働き方を重視する姿勢です。
Petaipimol 氏はこう述べています:
「彼らはすでに能力を持っています。重要なのは、何が彼らを動機づけるのか、そして私たちがどう適応するかです。」
この新しいワークフォースは、AI や機械学習といったツールを自然に使いこなし、サステナビリティへの感度も高い世代です。こうした価値観やスキルセットは、業界の変革をさらに加速させる可能性があります。
バイオテックの発展は常に、現状に挑む意志を持つ者たちによって切り拓かれてきました。しかしパネリストたちが強調したように、変革をもたらすのは「何が可能か」だけではなく、「何を優先するか」という判断です。
そして、精密さと明確な目的を軸に成長してきたこの業界では、その両方を実現できる企業やリーダーこそが、未来を手にすることになるでしょう。