バイオ医薬品の細胞株開発における科学的アプローチ:安定性と収率改善

March 17, 2025 by Palak Patel (15 minute read)

Category | Cell Line Development


バイオ医薬品製造において、哺乳類細胞株の開発は、目的タンパク質の安定的かつ高収率の発現を確保するうえで不可欠の要素です。バイオ医薬品の開発パイプラインが拡大し続ける中、各企業は生産性、上市スピード、スケーラビリティ向上を実現するイノベーションに継続的に取り組んでいます。バイオ医薬品製造で最も広く用いられている細胞株の1つがチャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞であり、モノクローナル抗体・組換えタンパク質製造のゴールドスタンダードとなっています。適応性、スケーラビリティに優れ、高力価を達成できることから、モノクローナル抗体やその他の複雑なバイオ医薬品の開発に欠かせません。

モノクローナル抗体製造のための細胞株開発の流れ

安定的かつ高収率の細胞株を開発するには、複数のステップが必要です。まず、哺乳類細胞の遺伝子改変により、目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主ゲノムに導入した後、厳密なスクリーニング、特性解析、セルバンク作製を経て、高い生産性と目的物質の安定性を確保します。

モノクローナル抗体の細胞株開発の主要ステージは以下のとおりです:

Stage
Description
1. 宿主細胞株の選択
遺伝子改変が可能であり、高収率でタンパク質を産生できる適切な細胞株を選びます。
2. 遺伝子導入
最初のステップとして、目的遺伝子を宿主ゲノムに組み込みます。エレクトロポレーションなどの物理的手法やリポフェクション、リン酸カルシウムを用いた方法などの化学的手法により遺伝子を導入します
3. 安定プールの作製
遺伝子導入後、目的遺伝子が組み込まれた細胞を選択マーカーや抗体マーカーを用いて選択します。メトトレキサート(MTX)やグルタミン合成酵素(GS)などがよく用いられます。
4. シングルセルクローニング
細胞株では、単一クローン性を確保することが極めて重要です。このステップでは、単一細胞を分離して単一クローン性の細胞株を樹立することより、一貫性のある目的タンパク質の産生を確保します。規制当局は厳しい単一クローン性基準を定めています。Berkeley Lights社のBeaconシステムなどの高度な装置は、マイクロ流体とOpti Electro Positioning(OEP)技術を用いて細胞をナノペン内外に移動させることにより、限界希釈法などの従来法と比較して大幅な開発期間短縮を実現します。
5. スクリーニングおよび分離
多数のクローンの収率、品質および製造性を評価します。通常、ambr250システムなどのハイスループット装置を用いて、複数クローンのスクリーニングを効率的に行います。
6. 細胞株安定性試験
樹立した細胞株の安定性を評価し、複数世代にわたって目的物質の力価および品質の一貫性が維持されるか確認します。
7. マスターセルバンク作製および特性解析
リードクローンのマスターセルバンクを作製し、将来の大規模生産に十分な細胞が得られる基盤を構築します。マスターセルバンクについては包括的な特性解析を行い、規制要件への適合を確保します。

二重特異性抗体の細胞株開発

分子が複雑であることから、二重特異性抗体の細胞株開発は特に困難です。2つの異なる抗原に同時に結合するように設計された二重特異性抗体は、構造的にも機能的にも複雑さが増しています。

二重特異性抗体を効率的に発現するには、細胞が2種類の重鎖と2種類の軽鎖を産生し、それらを正確に組み合わせて、機能を発揮できる二重特異性分子を形成しなければなりません。組合わせが不正確であると、ホモ2量体などの目的物質由来不純物が生じることが多く、このような不純物は、有効性が低下しています。また、物理的・化学的特性が類似していることから精製工程での除去が困難です。

バイオ医薬品製造におけるCHO細胞株の役割

CHO細胞は、タンパク質医薬品やモノクローナル抗体医薬品の製造において最も多く使用されている哺乳類細胞株です。1956年に初めて分離されたCHO細胞については、幅広い最適化が行われ、収率と目的物質品質の向上を実現できるサブクローンが作られています。当初は接着培養株でしたが、浮遊培養にも適応できるように改変され、固体培地を必要としない浮遊環境での増殖が可能となっています。

広く使用されているCHO細胞株の例をご紹介します。:

  • CHO-K1細胞:CHO-K1細胞は、適応性、遺伝子安定性、スケーラビリティに優れていることから、今もなお、バイオ医薬品製造で最も広く用いられているCHO細胞株の1つですが、すべてのCHO-K1細胞株が同じわけではありません。細胞株エンジニアリングの進歩により、力価発現、遺伝子安定性、プロセスのスケーラビリティの最適化を実現できる次世代CHO-K1細胞株が開発されています。

    例えば、サーモフィッシャーサイエンティフィックの高力価CHO-K1細胞株は、独自のトランスポザーゼ技術を駆使した遺伝子導入の強化により、最大8 g/Lの力価を達成できる細胞株です。発現の安定性とプロセス効率の向上をもたらすこの次世代CHO-K1プラットフォームを用いることにより、迅速なIND申請が可能となり、バイオ医薬品開発を変革させるものとして期待されています。

  • CHO-S細胞:CHO-S細胞は、浮遊細胞培養で増殖可能なチャイニーズハムスター卵巣細胞で、大規模バイオリアクタ生産に非常に適しています。適切なタンパク質折り畳みと翻訳後修飾が可能であるとともに、高収率を実現できるため、工業規模のバイオ医薬品製造や細胞生物学研究に理想的な細胞株です。また、バイオ医薬品製造のための細胞株として規制当局に広く受け入れられていることから、バイオ医薬品業界に果たす役割はさらに強固なものとなっています。

  • CHO-DG44細胞:ジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)の二重欠失を特徴とするこのCHO細胞では、メトトレキサート(MTX)を用いた選択および遺伝子増幅が可能であるため、組換えタンパク質の高発現を促すことができます。他のCHO細胞株と同様に、高収率、適切なタンパク質折り畳み、効果的な翻訳後修飾を実現できることから、大規模生産に利用されています。

  • CHO-DXB11細胞:CHO-DG44細胞と同様にDHFRを欠失している細胞株であるCHO-DXB11細胞は、CHO-DG44細胞と同様の目的に使用されています。バイオテクノロジー時代の組換え哺乳類タンパク質の製造に初めて使用されたCHO細胞株であるという歴史的意義を持っており、ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子(TPA)の大量生産に中心的役割を果たしていましたが、変異原性条件下ではDHFR活性が復帰する可能性があることから、その有用性は若干限られています。

これらのCHO細胞株はそれぞれ異なる特性を持ち、バイオテクノロジー・バイオ医薬品領域における幅広い用途に非常に適しています。最適な細胞株の選択にあたっては、増殖特性、遺伝子増幅力、タンパク質産生効率、規制遵守などの様々な要因を考慮しなければなりません。

細胞株のイノベーションによるバイオ医薬品開発の推進

細胞株開発は、モノクローナル抗体・組換えタンパク質製造の効率性とスケーラビリティを高め、円滑な製造を確保するための基盤を構築する重要なステップです。宿主細胞の選択、遺伝子改変からスクリーニング、セルバンク作製まで、各ステージは、高収率かつ安定的な発現を確保するうえで極めて重要な役割を果たしています。

CHO細胞株は今後も引き続き業界標準となり、エンジニアリングの進歩により、力価および遺伝子安定性が向上し、より効率的なIND申請が可能となるでしょう。モノクローナル抗体、二重特異性抗体、その他の複雑なバイオ医薬品のいずれにおいても、適切な細胞株選択は、最適な製造を実現し、規制要件を遵守する鍵となります。

細胞株開発が進化を続ける中、サーモフィッシャーサイエンティフィックの高力価CHO-K1細胞株などの次世代CHO-K1プラットフォームは、生産性とプロセス効率の限界を押し広げつつあります。トランスポザーゼ技術や遺伝子導入のイノベーションによる細胞株の進歩は、バイオ医薬品開発を変革させることが期待されており、急速に変化する開発パイプラインにスケーラビリティと効率性に優れたソリューションを提供しています。

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